ナイフ


ミンナ シネバイイ
ダレモ シアワセニナンカ
ナッチャ イケナイヨ


“ボク”は飛び出しナイフを手の中に隠し持ちながら、街をぶらついていた。
…いけね、マルボロがもうねーや。
フィルター近くまで吸った最後の1本を後方に放り投げてから、自販機を探した。
ホントは坂ばっかりだし、人間多過ぎるから、この街はあんま好きじゃない。けどまぁ、女引っ掛けたり、ケンカ売ったり売られたりするにはちょうどいい。
だけど、ケバイ不細工なのばっかだよなぁ、実際…。

“ボク”はジャニ系の顔立ちで、よく「カワイイ〜」なんて言われる。
ひとりで物欲しそうにぶらついてる女を、一発で落とす自信は、ある。
今着てるダウンも…いつだったかなぁ、こないだ引っ掛けた女に買ってもらった…んだったっけ。
別れ際「もっと欲しいもの無い?」だと。…あいにくと、不細工と長々付き合うほど趣味悪くないんでね。適当に愛想良く笑って、その場を退散した。

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「…ちょっと変わってるけど、なかなかの上玉じゃん、あの女…」

“ボク”は建物の角に腕時計をチラチラ見ながら、誰かを待っている風な、緑の長い髪に、大きな目の、女を見つけた。何しろあの髪に目の色だ。結構目立つ。

「ねぇ、君、ひとり?…あ、誰かを待ってるのかな?なかなか来ないんだったら、この建物に喫茶店入ってるから、そこで待つといいよ。おごるからさ」

彼女、キョトンとした顔をして、“ボク”をマジマジと見た。それから後ろの建物を振り返って、ちょっと考えている風に見えた。1度誘いに乗ってさえくれば…あとは、どーにでも、なるさ…。

「うーん…ダーリンきっとまだ、ガールハントしてるだろうし…窓際で待ってれば、きっとすぐわかるっちゃね」

何だ、頭にツノみたいなのがふたつ付いてるから変だ、と思ってたら…普通の日本人じゃ、いや、地球の人間じゃないのか。

(ふーん…ダーリン…ねぇ…。もう男がいるのか…。見たとこ“ボク”とそう変わらない歳に見えるけど、人のもんだと思うと…ますます興味が出てくるよな…)

彼女は周囲を気にしながら、“ボク”のあとを着いて、建物2階にある、サ店に入った。

「“ボク”も友達待ってたんだけどさ…急に来れなくなって、ちょうどヒマだったんだ。君の名前は?」

「うち、ラムって言うっちゃ。そういうお前は何て名前なのけ?」

「飛翔の翔で、ショウ。皆、そう呼んでるんだ」

「そう呼んでる、って事は…ホントの名前じゃないのけ?」

「ホントの名前だけどね。あんまり自分の名前って気がしないし」

「どうして?」

「友達以外、誰もそう呼んじゃくれないからね」

「ふーん…そうなのけ。何だか…わかるみたいな、よくわからないみたいな話、だっちゃ」

「もしかして彼氏待ってたの?あの寒い所で?あんな所に突っ立ってたんじゃ、風邪引くよ?」

「いつもの事だし、うち寒いの大丈夫だし。そろそろダーリン、来る頃だと思うんだけど…」

「どれくらい付き合ってんの?」

「うーん…随分長い、っていうか…一緒に住んでるから、どのくらいか考えた事無いっちゃ」

「一緒に?…へぇ〜…」

って事は、もうデキててもおかしくないよな。厚手のジャケットを脱いだ彼女、体にピッタリフィットしたセーターを着ているから、かなりスタイルがいいのが、よくわかる。結構胸がデカい割には…他は細い。いい体、してるみたいだな…。

「あ〜、ダーリンやっと来たっちゃ!もう行かないとっ。ここはうちが出しとくからっ」

彼女、慌ててジャケットとバッグを手にすると、イスから立ち上がりかけた。

「ちょっと待った…」

“ボク”は、テーブルの下で、刃先を飛び出させたナイフを…彼女の足に当てて言った。

「ちょっとテーブルの下、見てごらん…」

「ん?何?」

立ち上がりかけた彼女は、上半身をかがませて、テーブルの下を覗き込んだ。と、途端に「バチッ!」…一瞬だったが、心臓が小さな悲鳴を上げるような、衝撃を受けた。

「いてっ!」

「そんな物騒なもの人に向けて、どーゆーつもりだっちゃ?」

「…それより何だよ、今の…バチッ、って感じのは…あービックリした…」

「人に変なもの向けたお返しだっちゃ。そんなもの、しまっておいた方がいいっちゃ」

「…何だよ、いいだろ、んな事…」

「もしかして、脅して…どっか連れてくつもりだったのけ?…図星け?」

「…だったら、どーだってんだよ…」

「怖がらせたって、ちっともいい事無いっちゃ」

「大体はおとなしく着いてくるんだぜ?言う事も素直に聞くし。ほら、“オレ”ってこんな顔だからね、皆、安心するってワケ。…それより君の彼氏ってさ…くくっ、結構面白い顔、してるよな」

「余計なお世話だっちゃっ!」

「あんなの相手にするより…ってゆーかさ、どーせもうデキてんだろ?だったらたまには、“オレ”みたいなのと遊ばない?たまには刺激も必要だぜ。毎日だとマンネリで、そのうち飽きるだろ?お互いにさ」

「…それも余計なお世話だっちゃ…」

「まぁ、そういう事なら…“オレ”はちらっと、君の彼氏にアイサツでも、してくっかな…あ、ここの払いヨロシク」

「…何考えてるか、ちっともわからんちゃ…変なヤツだっちゃ」

ラムはレジで払いを終えると、急いで外に出た。と、あたるがさっきの彼としゃべっている。

「…で、彼女、泣いてたぜ。毎日泣かされてばっかだって。で、“オレ”はその相談に乗ってたってワケ」

「…何、デタラメ言ってるっちゃっ!」

「ラム、何なんだ?コイツはっ!…相談してたって、ホントか?…それより、何でコイツみたいなのと、お茶なんか飲んでたんだよ…」

「こんな寒空の下で、長い時間待たせてるダーリンだって悪いっちゃ。うちはただ、一緒にお茶飲んでただけで…」

「…で、オレが泣かしてるって、根も葉もない事を?」

「浮気で泣かされてるのは、ホントの事じゃないのけ!?でもそんな話は全然してないっちゃよ、ホントに」

どこのカップルも、ホントにつまんねー事で…くだらないケンカするよなぁ…。でも見れば見るほど…ラムはこんな男の、どこがいいのかね…。
浮気はするらしいし、顔は…まぁ“オレ”から見たら結構…ね(笑)。しかもラムにまったく優しそうじゃない、ときてる。女の考える事は、ホント、よくわかんねーよな…。

こいつからラムを取ったら…いや、取っても案外、どーって事なさそうだよな。ナンパばっかしてるみたいだし。でもどーでもいいけどさ…この顔で…ナンパ、だろ?どこの物好きな女が…引っ掛かるのかね(笑)。

「何笑ってるっちゃ、ショウ」

「何が可笑しいんじゃ」

「えっ…ああ、ごめんごめん。ちょっとした思い出し笑いみたいなもんだよ」

「…おい、ラム…」

「何だっちゃ?」

「ショウ?そんな風に呼んでんのか?コイツの事」

「名前教えてくれたから、そう呼んだだけだっちゃ。それとも…妬いてるのけ?ダーリン」

「誰が妬くかっ!!…こいつとデートしてたんなら、オレは邪魔者、っちゅーワケだよな?…だったら、オレ、もう帰るわ…」

「だからお茶飲んでただけだって、言ってるのにっ!ダーリンのバカッ!人の話はちゃんと聞くもんだっちゃ!」

ははは…ケンカしてコイツが帰ってくれれば、こっちは都合がいいってもんだ。ただし、ラムにナイフは通用しないけどね。

「あれ?ダーリン、手から血…どーしたのけ?」

「え?あれ?ああっ!何じゃこれはっ!」

ああ、その血、ね。さっきこっちから握手した時、こっそり欠けた刃をね…手のひらに隠してたから、それで軽〜く、ね。でも今まで気が付かなかったコイツ…ちょっと鈍いんじゃないの?

「大丈夫け?ダーリン…はい、これでどうにか血は止まると思うけど…結構出たっちゃね、地面に垂れてるっちゃ」

赤黒い血は、数滴、コンクリの地面に落ちていた。直にグレーの地面に赤黒い体液が馴染んで…雨の粒とそう変わらなくなっちまう。
たくさんの人間が、この上を歩いて踏んでいけば、やがてその跡も消えるだろう。

「おっかしいなぁ…別にケガするような事、何もしとらんのに…ああっ!そうじゃ、さっきコイツと握手した時っ!」

「ちょっとショウ!ダーリンと握手した時…何かしたんじゃ無いのけ?うちにナイフ当てたみたいにっ」

「ああ、ごめんごめん、うっかり金属片を手に持ったまんまで…右手、出しちゃったからさ。何なら医者行く?うちの医院、こっからそう遠くないから」

「そんなのいらんお世話じゃっ!…しかも、ラムにナイフ〜!?」

「ああ、ダーリン、大丈夫だっちゃ。電撃で何も無かったから」

「…こいつ、何考えてんだよ…医者のボンボンが…」

「ははは…確かにうちは医者だけど…“オレ”はこんなだからね。兄貴が継いだし、帰っても晩飯も無しっ。幸い女に声かければ、大体は食いっぱぐれなくて済むけどさ」

“オレ”、何喋ってんだろ。いつも誰にも言った事無いのにさ。…誰に言ったところで、くだらねー悩みだ、って笑われるだけだろうしね。
その日は結局、手にハンカチを巻いた諸星あたるににらまれ、ラムは手を振って、ふたりはどっかに行ってしまった。
…何か、変わってるよな、あのカップル。でも惜しかったよなぁ、ラムは。今まで会った女の中でもかなりのもんだったのに、男付きだったのと、妙な能力のせいで、それも出来なかった。
かといって…いつもみたいに、腹立たしい、イライラする、とも、あまり思わなかった。

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ある日、ちょっとした用事で、友引町ってとこにきた。
いつもの街より、うんと静かな所、だよなぁ。のん気、っつーか、平和…っつーか。

「友引高校…ふーん、高校があんのか。そういや、最近…しばらく学校行ってなかったな」

なんて独り言を言ってたら突然。

“ガチャーンッ!!ドバババババッ!!ドッカーーーーンッッ!!!”

「…げっ、何だよ、一体っ!?」

こんなとこで爆弾魔…なんて事もないだろ?と思ってしばらく突っ立っていると、校舎から男子生徒が飛び出してきた。
その後ろを…空を飛びながら…飛んでる?さすがに目を疑った。飛んでる女生徒が何か叫びながら男を追っかけている。
そしてそのまた後ろから、数人の男子生徒が…走り出てきたのが見えた。

「げっ、もしかして…この間の?」

よく見ればそれは、この間会った、諸星あたると、ラムだった。そうか、ここはアイツらの学校だったのか…。

諸星あたるは校門に向かって一直線に走ってきた。そして門を抜け出るところで、“オレ”と目が合った。

「何じゃ、お前っ、こないだの…。うわっ、ラムッ!」

早口でそう言うと、諸星あたるは右に折れて、突っ走っていった。ラムは急カーブで一旦スピードを落とし、方向転換して、今彼が走っていった方向へとものすごいスピードで飛んでいってしまった。
…すげー…まるで小さな台風みたいだな…。

その後ろから追いかけてきた他の男子生徒たちも門から出ると右に折れて走っていったが、少し走ったところでふたりを見失ったのか、真っ直ぐ行ったり角を曲がったりして、散り散りになった。

「…何やってんだろーね…今、学校の時間だろ?しかもさっきの爆発…フツーじゃねーよなぁ、この学校」

彼らが何をやってんだか知らないが、興味を持った“オレ”は、校門の所で彼らが戻ってくるのを、しばらく待つ事にした。
こうやってボーッとして、ヒマを潰すのは慣れてるから、時々あくびをしながら、“オレ”は諸星あたるとラムが戻ってくるだろうか、と思って道の向こう側にたまに目をやったりしていた。

「おっ、戻ってきたみたいだな」

と、のん気に構えてたのは、ちょっと間違いだったみたいだ。諸星あたるは、ささっと“オレ”の背後に回り込んだ。途端に全身を走る衝撃波。そのまま気が遠くなった。

「ダーリンッ!人をタテにしてヒキョーだっちゃ!」

「うるさいわっ!何かとゆーとすぐに電撃っ、電撃っ!ちっとはその性格直さんかいっ!」

「ダーリンが悪いっちゃ!うちの目の前で女にちょっかい出してばっかりいてっ!それでうちの性格のせいにするその態度がっ!!」

「ちょっ、ちょっと待てっ!こーして無関係の一般市民が巻き添えを食ってるではないかっ!」

「…あれ?そーいえば、この顔…」

「気絶しとるが…こないだの、医者のボンボンではないか」

「気付けに、軽〜く…電撃だっちゃ」

…はっ…、どうしたんだ?今、何やってた?…ああ、そうだ、すごいの一発食らって…で、気が遠くなったんだ。…一瞬、死ぬかと思った…。

「…いってー…いたた、た……何?今の…」

「ラムの特大電撃じゃ」

「電撃?」

「こいつ宇宙人だからな、空飛んだり、電撃出したり、出来るわけじゃ」

「ああ、そういや、こないだも…ビリッ、とやられたっけか……あーーーっ!!」

「どうした?」

「どうしたっちゃ?」

「…時計が壊れたじゃないかっ、これ、結構気に入ってたのに…」

「何だよ、また買ってもらえばいいだろ?時計のひとつやふたつ」

「ちょっとダーリン、待つっちゃ」

ラムはそう言うと、フワリと地面に下りてきて、“オレ”の近くに顔を寄せてきた。

「もしかして、それ…大事な時計だったんじゃないのけ?例えば…大事な人からもらった、とか」

「………」

「…そうだったのけ、わざとじゃなかったけど…ごめんちゃ」

「…いや…別に…」

「ちょっと貸してみるっちゃ。うち直せるかもしれないから」

「…ラムが直すのだけは、やめといた方がいいんじゃないか?」

「ダーリン、どういう意味だっちゃ!」

「だからもっとこう…器用な人に…とか…な…」

「うちが不器用だって言うのけっ!?」

「…だって実際そーだろーが…」

「もうっ……うーん、やっぱり専門家に見せてみるっちゃ。ちょっと細か過ぎるし、部品が欠けてるし」

「…いいよ、別に…直さなくたって…」

「遠慮する事無いっちゃ、とにかく貸してみるっちゃ」

「ホントに直ってくるんだろーね?」

「保証は出来ないけど、多分大丈夫だっちゃ」

「多分、って…あのねぇ…。で、いつ戻ってくんの?」

「さぁ?」

「…大丈夫なのかよ、ホントに…」

それから1ヶ月くらい経った頃だろうか。時計を渡した時、連絡先のメモも一緒に渡しておいた。その住所にある日、小さな金属製の箱が届いた。タバコをくわえながら届いた小さな箱を開けてみた。

「すげー…すっかり元に戻ってるわ…」

中に入っていたのは、あの壊れた腕時計だった。見た目も動作も、何もかもが…初めて手にしたその時そのままになって、戻ってきたのには…正直、驚いた。
あれだけ滅茶苦茶に壊れてたってのに、すげーよな、さすがは宇宙人…だからか?

「それにしても…結構あちこち傷いってたからなぁ…それもすっかり、消えちまってるわ…新品同様だな、ホントに。あれ?何か書いた紙が入ってるよ…何だ?」

【多分元通り戻ってると思うけど、何かあったらまた連絡してください。ナイフより時計の方が似合うし、せっかく直ったので、長く使ってください。ラムより】

「…ふんっ、余計な世話焼きだよな…あのラムって女もさ…」

“オレ”はしばらくして、学校に戻る事にした。もちろん…ナイフは部屋のどっかにしまってきた。

「お、ショウ〜、随分久々じゃん。あれ、時計新しくしたのか?前と同じ形だけどよ」

「…オーバーホールとか、したんだよ。随分、傷だらけだったからな…」

「今時直すより買い換えるもんだぜ、女みたいにさ。しかしよ〜っぽど…」

「おいっ、それ以上余計な事言うんじゃねーよっ」

「おおっ、こえぇ〜〜。まだどっからナイフ出されっか、わかんねーしな、はははっ」

「…あれは、もういらね」

「ナイフ無しか?…いいのかよ、そんなんが周りにわかったら、血ぃ見るぜ、きっと」

「いいんだよっ、時計が壊れたら、また直してもらうしな…」

…ちょっとお節介なとことか、もしかしたら、ちょっと似てたかもしんねーなぁ…。坂道ばっかりの街じゃない場所で会って、この時計をくれた…彼女と、ラム。もう、この世界のどこを探しても、いない女。
なんつーか…時計を無くしたり捨てたりしたらアイツが完全に、消えちまうみたいな感じがしてさ…。ずっと、左手首にしてた。

「…ナイフより、こっちの方が似合う、か…。アイツも、同じ事言いそうだよなぁ…多分…」

「何か言ったか?…何笑ってんだよ、ショウ」

「いや、何でもねーよ」

あれ以来、友引町には行ってないが、この時計が壊れたら、また…ラムに、頼むかな。
唯一“オレ”が本気になった、女の…形見だしな…。直してずっと使ったら…向こうの世界のアイツもちょっとは喜んでくれるような…そんな気がするんだな…何と無く、な。

--- E N D ---


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